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オピニオン 2016.02.15

20万人のデータ、しかしゲノム情報だけでは医療は進展しない

Profile
理化学研究所 統合生命医科学研究センター 副センター長
基盤技術開発グループ グループリーダー
久保 充明 先生

1988年九州大学医学部卒、同年同大第二内科に入局。松山赤十字病院腎センターなどを経て、1995年より疫学研究で有名な久山町研究に従事。2003年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター客員研究員、2006年理化学研究所ゲノム医科学研究センター(現:統合生命医科学研究センター)・グループディレクター、現在は同センター副センター長を務める。

(本記事は2015年5月にm3.comに掲載された記事を転記したものです)

ゲノム情報だけでは、医療は進展しない

久保先生は、現在、オーダーメイド医療の実現プログラムを先導していらっしゃいますが、同プログラムはどのような理念・目的で始められたのでしょうか?

オーダーメイド医療の実現プログラムは、その名のとおり、日本でオーダーメイド医療を実現するという理念のもと、2003年に開始しました。ゲノム情報を使って、患者さん個人にあわせた最適な医療を提供するための研究・臨床応用の基盤構築をめざしています。

ゲノム情報を活用して提供できる医療とはどのようなものでしょうか?

遺伝病に対する的確な診断、多因子疾患については個々の患者さんの遺伝的体質にあわせた薬剤選択などの治療の最適化、そして疾患の予防です。

2003年にヒトゲノムが解読され、約30億塩基対のほぼ全ての配列が決定されましたが、同時にその配列には個人によってさまざまなバリエーションがあることがわかりました。そして、2007年頃から、そうしたバリエーションに着目し、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS)が盛んに行われるようになりました。その結果、多くの疾患関連遺伝子や薬剤感受性遺伝子が同定され、その成果が疾患の診断や治療の際の薬剤選択などに活用されはじめています。

特にがんについては、ゲノム情報の応用が進んでいる疾患です。がんを引き起こす原因となるドライバー遺伝子が同定され、がん細胞の増殖に関わる分子群を標的とした分子標的薬が開発されました。EGFR(上皮成長因子受容体)を標的としたゲフィチニブやHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)を標的としたトラスツズマブなどは、ゲノム情報が医療に貢献した良い例です。

ゲノム研究の成果は、診断や治療、創薬の分野に広がってきているのですね。
それでは、今後、どのような分野がゲノム情報の活用によって進展するとお考えでしょうか?

まずは多因子疾患への応用に先駆けて、難病や単一遺伝子病への応用が今まで以上に進むと考えています。ヒトゲノム計画によりヒトゲノムの参照配列は決定されましたが、今後はさらに、何千、何万人の全ゲノムのデータが集められ、それらを比較検討することで、希少疾患や難病などの新たな疾患関連遺伝子が明らかになると期待しています。現在、我々だけでなく、米国、欧州などでも大規模な全ゲノムシークエンスが行われています。

世界中で、大規模な全ゲノムシークエンスプロジェクトが行われているということは、臨床への応用も急速に進むことが期待されますね。

日常診療へのゲノム情報の活用は大きな期待を集めていますが、実は大半が基礎研究のレベルにとどまっているのが現状です。いまは、ゲノム解析技術の進歩と、国際コンソーシアムによって種々のヒトゲノムデータベースが構築されたことで、遺伝病の原因になる変異や疾患関連遺伝子などの基礎的な情報が揃いつつあるところです。

Sub 1

そうした情報を臨床現場で活用するには足りないステップがある、ということでしょうか?

そのとおりです。ゲノム情報を医療のレベルまでに落とし込むには、疾患に関連するゲノム情報のデータベースを構築するだけでは不十分です。データベースにある個人のゲノム情報は、その人がその後どのような疾患を発症したのか、などの臨床情報と結び付けることで初めて意味を持ちます。そして、そうした情報を数十万人分というレベルで収集し、そこから意味あるデータを抽出して、疾患の予防・治療にどう役立てられるのかを検証することで、初めて医療応用に近づくことができます。ゲノムと臨床情報などを統合したデータベースの構築には時間もお金も必要となりますし、実臨床レベルの医療応用には、他にも検討すべき課題が数多く残されています。

オーダーメイド医療の実現は、データベース構築のさらに先

いまお話にあがった、ゲノムと臨床情報を結びつけたデータベースの構築、そして臨床応用に向けての解析を行っているのが「オーダーメイド医療の実現プログラム」なのですね。

はい。プログラムが始まった当初、日本にはゲノム情報についての大規模なデータベースが存在しませんでした。そのため、本プロジェクトの第1期、第2期(2003年~2012年)で患者バンクである「バイオバンク・ジャパン」の構築に重点的に取り組んできました。第1期では、12の医療機関の協力のもと、47の対象疾患をもつ患者さんの計20万人分のDNA、血清と臨床情報を合わせたバイオバンクの構築に成功しました。

第2期では、第1期で構築したバイオバンクの試料をもとに、一塩基多型(SNP)をベースにしたゲノム解析を行い、疾患関連遺伝子、薬剤感受性遺伝子を数多く同定することができました。2012年には1年間に10万人以上のSNP解析を行うことができ、20万人分の計95万SNPのデータが集めることにも成功しています。また、臨床情報だけでなく、追跡情報も収集しています。第1期のデータから32の疾患、15万人について協力医療機関でのその後の治療履歴などの収集や、すでに亡くなっている方については、死因の特定も進めています。これにより、個人のゲノム情報と臨床情報、さらに、その後の治療履歴や死亡などの追跡情報が結びついたデータベースができあがってきています。このような長期的な予後を含むデータベースを解析することで、単一遺伝子疾患に比べ、遺伝子のバリエーションの影響がダイレクトに現れにくい生活習慣病などの多因子疾患とゲノムの関係についても解明が進み、治療法や予防法の開発につながると期待しています。

現在進行中の第3期の取り組みについて教えてください。

第3期では対象疾患の再検討を行い、53の病院の協力のもと、38疾患(http://www.biobankjp.org/plan/object_disease.html)、10万人分のバイオバンクを新たに構築します。また、SNPだけでなく全ゲノムシークエンスを開始しました。将来的には、SNP解析と同様に、臨床情報が付随した20万人の全ゲノムのシークエンスデータを集積する予定です。

さらに、2014年10月から、ナショナルセンター、国立病院機構や日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)などの国内の多くのプロジェクトと連携し、薬剤感受性遺伝子の研究など、ゲノム情報をもとにした医療の臨床試験を進めていきます。この連携は、日本における今後のオーダーメイド医療の実現のために非常に重要な意味を持つと考えています。

後編「問われる医師のゲノムリテラシー」はこちらから

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