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オピニオン 2016.02.15

【前編】年に600遺伝子が解明される時代の医師像

Profile
埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター 所長
岡﨑 康司 先生

1986年岡山大学医学部卒、同年に大阪大学医学部第1内科学教室に入局。1992年に理化学研究所の研究員となり、1999年よりゲノム科学総合研究センターのチームリーダーを務める。2003年から埼玉医科大学ゲノム医学研究センターに部門長・教授として着任し、2008年より現職。

(本記事は2015年6月にm3.comに掲載された記事を転記したものです)

ポストゲノム10年間で人類が得た一番の成果

現状、ゲノム医学研究の成果はどのくらい臨床の場で活用されているのでしょうか。

2003年にヒトゲノムが解読された当時、「医学に革命が起こる」と大きな期待が寄せられました。しかし、その後しばらくはデスバレー※に突入し、実際にゲノム医学の成果が臨床に貢献できるようになったのは、シーケンス技術が発達して解読コストが下がり始め、ゲノムワイドな解析が盛んに行われるようになった2008年頃からです。先生方もご存じの通り、がんを引き起こすドライバー変異が明らかになったことで分子標的薬が開発・発売されるなど、がん領域や小児領域を中心に応用が進んでいます。

※デスバレー:valley of death(死の谷)。基礎研究が応用研究に、また、研究開発の結果が事業化に活かせない状況、あるいはその難関・障壁のこと。

ゲノム医学研究では、どのようなテーマが盛んに研究されているのでしょうか?

ヒトゲノム計画以後の「ポストゲノム時代」には、DNAだけでなく、RNAの発現やそれを制御するクロマチンの立体構造、DNAの塩基配列の変化によらない遺伝子の発現制御機構であるエピゲノムにも着目した研究が行われるようになりました。これらはまだ臨床応用できるレベルには達していません。また、近年では腸内細菌叢のゲノムを調べるマイクロバイオーム研究も盛んです。肥満などと関連していることが分かってきており、臨床応用に近づいてきている分野だと思います。

ポストゲノム時代の10年間における最も大きな成果は何でしょうか?

全ゲノムシーケンスが低コストで解読できるようになったことです。ヒトゲノム計画では1人分のゲノム解読に13年と30億ドルかかりました。2008年頃からコストが大幅に下がってきましたが、まだ高額で、臨床現場で使えるレベルではありませんでした。2011年頃から、全ゲノムではありませんが、20万円程で全エクソン解析ができるようになり、研究が大きく進展し、臨床にも応用できるようになってきました。

臨床医に求められるゲノムの知識

疾患と遺伝子の研究は、シーケンサー発展の後押しを受けて日々進歩しているのですね。

はい。ウェブ上に“OMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)”という、疾患に関連したヒトの遺伝子を網羅したカタログがあります。検索欄に遺伝子名を入れれば、関連する疾患とその臨床症状などの解説や関連文献を見ることができます。これのUpdate Listによると、2014年に新たに見つかった遺伝子は605にのぼっていたことが分かります。このように速いペースで疾患の原因遺伝子がどんどん明らかになってきているのです。

一般的な臨床医にはどの程度のゲノムの知識が求められるのでしょうか。

今後は、一般の臨床医もゲノム医療に対して無関心ではいられないでしょう。どの程度知っておくべきかについては、診療科にもよりますし、線引きが難しいところですが、クリニックの医師であっても、患者さんが普通に調べて手に入る程度のゲノムの知識は最低限必要だと思います。

特に、個人のゲノム情報により投与する薬剤の有用性や安全性を知ることができるファーマコゲノミクスは、最も臨床で応用しやすい分野です。例えば、抗血小板薬クロピドグレルが体内で活性を発揮するために必要な肝臓の代謝酵素CYP2C19に変異がある人では、薬効が通常より低くなるといったようなことが分かってきています。患者さんのゲノム情報を電子カルテに入れて、体質と合わないような薬剤を選択した場合にはアラートが出るようなシステムも、経済的な裏付けがあれば、技術的には実現可能なところまで来ています。先生方にはぜひ関心を持っていただきたいと思っています。

ゲノム情報は誰のもの?

医師に限らず、一般の方も自分のゲノム情報を知ることができる時代になっています。

そうですね。すでに特定の遺伝子を対象に、医療機関を介さないDirect-To-Consumer(DTC)遺伝学的検査が行われています。また、近い将来には全ゲノムシークエンスが10万円程度でできるようになる見込みです。そうなれば、ゲノム情報はより身近になるでしょう。

一般の方や患者さんが自分のゲノム情報を自由に見ることは一つの権利だと考えています。「自分のゲノム情報を知ることで人生を悲観し、自殺する人も出てくるかもしれない」などといった理由でこの流れを止めるべきではありません。もちろん、カウンセリング体制や医療側からのバックアップ体制は必要ですが、どうやって制限をかけるかを議論するのではなく、ゲノムに興味を持った一般の方々が、正しい知識とゲノムリテラシーを持てるようにフォローアップできる仕組みを考えていくべきです。そのためには、臨床遺伝専門医のような専門家や研究者だけでなく、一般の臨床医も巻き込んでボトムアップで意見をまとめ、協力していくことが大事だと考えています。

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