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オピニオン 2016.03.09

【後編】研究と臨床をつないで、自由な発想を

Profile
埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター 所長
岡﨑 康司 先生

1986年岡山大学医学部卒、同年に大阪大学医学部第1内科学教室に入局。1992年に理化学研究所の研究員となり、1999年よりゲノム科学総合研究センターのチームリーダーを務める。2003年から埼玉医科大学ゲノム医学研究センターに部門長・教授として着任し、2008年より現職。

(本記事は2015年7月にm3.comに掲載された記事を転記したものです)

ゲノム情報を臨床現場に還元

埼玉医科大学ゲノム医学センターで取り組まれている研究についてお伺いします。まず、当センターはどのような理念で設立されたのでしょうか。

当センターは、ゲノム情報を疾患の病態解明、診断・治療へ応用していくことを目的に、初代所長の村松正實先生が2001年に設立されました。「ゲノム医学」を冠したわが国初の研究所です。現在、遺伝子構造機能部門、遺伝子情報制御部門、発生・分化・再生部門、病態生理部門、ゲノム科学部門、遺伝子治療部門、トランスレーショナルリサーチ部門の7部門に分かれています。ゲノム情報を医学に還元するため、臨床医や他部門との共同研究も行っています。

岡﨑先生ご自身はどの部門で研究されているのですか?

私はゲノム科学部門とトランスレーショナルリサーチ部門を統括しています。ゲノム科学部門は、機能ゲノム科学と呼ばれる、ゲノム機能を明らかにして、疾患の病態をシステムとして捉えることを目的としており、トランスレーショナルリサーチとは、基礎医学と臨床現場の橋渡しをするための研究です。

次世代シーケンサーを用いて、タンパク質をコードする領域を網羅的に調べる解析(全エクソン解析)や全ゲノム解析から得られる大量のゲノム情報をコンピューターにより解析し、ゲノム科学部門など他の部門と連携して、疾患の病態解明、新たな原因遺伝子の同定、診断マーカーの探索などを行っています。

ゲノム情報を医療へ応用するためには、遺伝情報という膨大なデータの中から、意味のあるデータを抽出して解析する必要があります。当センターでは、設立当時の日本にはまだ数が少なかった、コンピューターを使用して膨大なゲノム情報を解析できる研究者(バイオインフォマティッシャン)が活躍してくれています。また、臨床医とも連携して、カルテに記載された臨床情報とゲノム情報を統合した解析を行う目的で月に2回の臨床ゲノムカンファレンスをコンスタントに行っており、会の回数も100回を超えました。

具体的な研究成果を教えてください。

ミトコンドリア病の研究では、患者さんの臨床情報とゲノム情報を合わせたトランスレーショナルリサーチを行い、新たなミトコンドリア病の原因遺伝子を見つけ、その機能の解明を行いました。また、これまではミトコンドリア病とは考えられておらずに、他の病気として考えられていた疾患がミトコンドリア病の異常によるということも発見しました。我々が現在解析しているミトコンドリア病は、小児期発症の症例で、1-2歳で発症して亡くなるケースが多いです。そのような児の変異を見ると、タンパク質の構造に影響を与えると考えられる重要なアミノ酸の置換がみられていますが、このようなアミノ酸置換のうちのよりマイルドな変異を持つ症例が、おそらく成人発症の神経難病や、ミオパチー、あるいは代謝性疾患などの原因にもなっていると考えて研究を進めています。このような症例を早期に発見することで将来的な発症を遅らせるような予防的介入が可能であると考えています。

また、外科医のリクエストに応えて、独自で家族性大腸癌(リンチ症候群)の遺伝子診断パネルも作製しています。これにより3万円程度で家族性に発症すると考えられる20遺伝子程度の遺伝子の鑑別診断が可能です。遺伝子パネルで診断がつかなかった症例に関しては10~15万円でエクソーム解析をして診断に役立てるとともに、新たな遺伝子変異を見つける努力をしています。

診断だけでなく治療にもつながる応用研究も行っています。製薬会社と協力して、ミトコンドリア病に対して呼吸鎖酵素活性を上げる薬剤を用いた医師主導治験も進めています。さらに、臨床応用までにはまだ多くのステップが必要ですが、新規インクレチンと考えられるBetageninの同定とその治療への応用に向けた開発や、マウスの線維芽細胞に3つの遺伝子を組み込むことで、インスリンを分泌するβ細胞に変える(ダイレクトリプログラミング)研究にも取り組んでいます。

ゲノム医学研究の要は「家系図」「カルテ情報」

今後、ゲノム医学と臨床現場をつないでいく上での課題は何でしょうか。

このようなゲノム医学研究は、いかに詳細で正確な家系図やカルテ情報が得られるかが非常に重要です。研究者側が解析するゲノム情報に、臨床現場が記載している患者さんの臨床情報を合わせることで新たな知見を得ることができるため、臨床の第一線で活躍されている医療従事者の皆様のご協力があってこその研究と言えます。その点、日本は残念ながら家系図やカルテ情報の整備や蓄積には課題が残っているような状況です。

日本ではまだ研究と臨床の間に乖離があるということですね。

膨大なゲノム情報を活用するためには、研究と臨床の結びつきを強くして、両方がうまく回らないといけません。しかし、研究者はどうしても論文を書くことが最優先で、次の研究の費用を確保することに忙しく、臨床との溝を埋めるような活動の時間が持てないのが現状です。もちろん臨床医の先生方は診療などで忙殺されているでしょう。

近年はドラッグリポジショニングに関しても目がむけられるようになってきました。慢性骨髄性白血病の治療薬イマチニブが消化管間質腫瘍(GIST)にも追加適応されたものもその一例です。まったく違う機序の腫瘍性疾患ですが、両方ともチロシンキナーゼ活性をもつ遺伝子変異が共通の病因になっており、慢性骨髄性白血病の原因となるBCR-ABL融合遺伝子産物のチロシンキナーゼ活性を阻害するイマチニブがGISTの原因となるc-kit遺伝子異常症例にも効くことが分かったのです。このような、ゲノム医学の知見をもとに既存の薬を活用するという「自由な発想」を育むためには、研究と臨床がより密接に関わりを持てる環境づくりが必要だと思います。また、研究費用を国などのグラントで賄うだけでなく、クラウド・ファンディングのような形で、興味のある方々が少しずつ出資できるようになれば、ボトムアップの形でうまく回っていくのではないかと思います。

m3.comの「ゲノム・パーソナル医療」は、臨床医はもちろん、研究をメインにされている先生や、薬剤師などの医療従事者もご覧になるコーナーだと思います。このような環境づくりや橋渡しをぜひ進めていただけるといいですね。

ありがとうございました。

前編「年に600遺伝子が解明される時代の医師像」はこちらから

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