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オピニオン 2016.02.15

【前編】病気の有無で「幸せ」は決まらない

Profile
聖路加国際病院 遺伝診療部 部長/女性総合診療部 医長
山中 美智子 先生

1984年山形大学医学部卒業。1986年に横浜市立大学医学部附属病院産婦人科に入局し、1993年より神奈川県立こども医療センター産婦人科。1996年から2年間にわたり米国ボストン大学人類遺伝学センターDNA研究室にリサーチフェローとして留学。2008年に大阪府立大学看護学部看護学研究科の教授に着任し、2010年より現職。

(本記事は2015年6月にm3.comに掲載された記事を転記したものです)

遺伝カウンセリング件数は増加している

聖路加国際病院での遺伝カウンセリングの概要について教えてください。

私が所属する女性総合診療部は、女性の思春期からリプロダクティブエイジ、更年期、老年期というライフステージに応じて、その人の希望を守りながら女性としての健康を維持できる方向性に向かっていけるよう治療や支援を行うことを基盤としています。それとは別に遺伝診療部があって、遺伝カウンセリングはこちらでやっています。おそらく一般病院での遺伝診療部は、ここが最初だと思います。出生前検査と遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC:Hereditary Breast and Ovarian Cancer)に関する遺伝カウンセリングが大きな柱になります。

2014年に遺伝カウンセリングを受けた方の数は、HBOC では338件です。アンジェリーナ・ジョリーの報道前の2012年から急増しています(図1)。また、出生前検査に関するカウンセリングは延べ656人で、これも増加傾向にあり、特に2014年は多かったです(図2)。件数としては他病院と比較しても少なくはなく、HBOCについてはがん専門病院などと比べても多い方だと思います。

当院では、もともと羊水検査と母体血清マーカー検査をやっていて、2013年8月からは母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査(NIPT)を始めました。NIPT は2015年3月末までに444件実施しており、だいたい月に20件前後です。当病院は都心にあり、35歳以上の妊婦が6割以上を占めますので、これだけ受検者がいるのです。

他にも、家族に遺伝疾患があるとか、HBOC以外の家族性腫瘍によるカウンセリングも増えてきており、関連の診療科の先生から相談を受けることも増えてきています。

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図1:HBOC遺伝カウンセリング症例の推移

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図2:出生前検査と遺伝カウンセリング症例の推移

それだけの件数の遺伝カウンセリングはどのくらいの規模のスタッフで支えられているのでしょうか。

スタッフの数としては、非常勤を含めて臨床遺伝専門医が6人おり、私が指導医資格を持っています。専門医を取得するための研修中の先生も数人います。認定遺伝カウンセラーは1人ですが、修士課程を修了して今年認定試験を受ける看護師が1人います。遺伝看護コースに在籍している看護大学院生も1人います。

病院の中にある遺伝診療部は、カウンセリングに来た人だけを対象にするのではなくて、いろいろなところにあるニーズを拾い上げる必要があります。そのためには、専門ではないけれども遺伝のことに興味を持って、うまくつなげてくれる人たちが大事です。患者さん本人が意識していなくても、あるいは遺伝に関わるかどうかは不明としても、家系内で同様な症状を持つ人が複数いる…というような場合に、とりあえず遺伝診療部に相談してくれる人材が必要なのです。

当院では遺伝診療部の運営委員会を毎月やっています。関連する診療科のみならず、臨床検査科、病理科、DNA分析する研究員、医事課の職員も入ってもらっています。例えば、2013年にアンジェリーナ・ジョリーの選択で話題になったHBOCのリスク低減手術は、当院では2011年から体制を整えていますが、多職種で一丸になってやらないと、医師や看護師だけでは実現できません。診察からカウンセリングを経て手術に至る患者さんの流れ、検査体制などをどう作るか、保険診療ではないために費用の設定をどうするかなど問題は多岐に渡ります。またHBOCは摘出卵巣・卵管の標本を作るときに特殊な切り方をしないといけないので、病理診断科の協力も必要です。そういう意味では、当院は各科の垣根が比較的低いのが幸いしました。

HBOCのリスク低減手術やNIPTを始めるときに、何か障壁になったことはありましたか。

特にありませんでした。HBOC患者さんに情報を提供し、リスク低減手術を選ぶ人をサポートしてあげたいという気持ちは、みんな一致しており、誰も反対する人はいませんでした。NIPTに関しては、私たちは検査を推進したいとは思っていないのですけれども、検査があるなら受けたいという人がいる中で、希望者がきちんと正しい情報を得て、受けるかどうかを考えてもらう体制を作りたいということで、2013年8月から始めました。現在は、検査をした人たちのフォローアップをきちんとするために、当院で分娩をするという人だけに限らせていただいています。

NIPTコンソーシアムに参加しなかった理由

NIPTコンソーシアムは2013年4月から始まっています。

私は、コンソーシアムに入る気はなくて、全く独自に始めました。コンソーシアムで実施している研究は、当初は「NIPTに関する遺伝カウンセリング」をテーマに掲げており、そこに疑問を持ちました。出生前検査に関する遺伝カウンセリングはNIPTに限った話ではなく、その次の羊水検査はどうするのかとか、出生前検査そのものを包括して考えなければいけない。「NIPTはこういう検査ですよ」というだけのカウンセリングはあり得ないと思っているので、考え方の相違を感じたのです。また、コンソーシアムに入ってしまうと、説明資料などは同じものを使わないといけないのですが、当院には自分たちで作ってきたものがあります。それなら一緒にはしないほうがいいだろうと判断しました。検査の精度に関する誤った情報が流れたことも気になりました。

では、NIPTコンソーシアムの開始から約4カ月後に独自に始められたのですね。

そうです。しかし、4月にコンソーシアムが開始して、当院への検査の認可が下りて始めるまでの8月までの4カ月間は非常におかしな事態になりました。この時期はマスコミ報道もあって、やや過熱気味な中、当院で検査ができないため、他の施設に検査の予約を取るなどの調整をする必要がありました。そうすると、予約を取ることが目的化してしまうのですね。例えば、遺伝カウンセラーが「予約を取ってくださってありがとうございました」と過度に感謝されたり、気持ちが変わって検査を受けないという選択をした人が「あんなに苦労をして予約を取っていただいたのに申し訳ありません」と謝られたりする、あるいは新幹線で行かなければいけないような、遠方の施設での検査を予約したりする人も出てくる。でも、遺伝カウンセラーとしては、まず予約ありきなのではなく、その方の選択をサポートすることが本来の仕事なのです。やはり、受けたい人が受けられるように、考えたい人は考えてもらえるような場を提供することが本来の在り方なのに、その時期は本末転倒になっていたのです。

本当に言いたいことは、対面では伝えにくい

妊婦さんに対してNIPTの存在をどのようにお伝えしていますか。

こちらから出生前検査をお勧めすることは全くありませんが、妊婦健診の場で見てもらうスライドやパンフレットなどに出生前検査のお知らせを入れ、必ず全員に遺伝カウンセリングがあることをお伝えするようにしています。以前、ダウン症候群のお子さんが生まれた母親が、「私はあの検査を受ける機会があると知らなかった。説明を受けていればこの子は生まれなかった」と、その子を連れてきておっしゃるんです。それはあんまりだなと思うのですが、そんなこともあるので、全員に説明するようにしています。予約は必ず患者さんご自身で、遺伝診療部に電話をしていただくことにしています。

出生前検査の遺伝カウンセリングはどのような流れで進むのですか。

遺伝カウンセリングの予約が入ると、カウンセラーが電話をかけて、来談動機や家族歴など簡単な聴取をします。来院していただいたら、カウンセラーが改めて来談動機や家族歴の詳細、検査に関する希望を聞いて、検査の流れや概略を説明します。その後、出生前検査全般を説明した総論をはじめとして、NIPT、羊水検査などを解説する、パワーポイントで作った音声付きのスライドファイルを30分~1時間くらい見ていただきます。その上で、それまでの説明を理解できたかどうか確認しつつ、検査をするのかしないのか、どういう検査をするのかというカウンセリングを医師と進めていくことになります(図3)。

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図3:出生前検査の遺伝カウンセリングの流れ

説明用のスライドファイルがあるのですね。

はい。自分たちで作り上げたものです。このような資料があると、スタッフがその都度同じ説明を繰り返さなくてもいいですし、一方で、私たちが面と向かって言いづらいことを客観的な形で伝えられるというメリットもあります。例えば、ダウン症候群について説明するときに、「知的障がい者=ダウン症候群」と捉えているような方には誤解を解きたいのですけれども、「人懐こくていい子で、素敵な人たち」とダウン症候群の方の良い面だけを強調してしまうと、NIPTを受けるつもりの人に対してお説教しているようになってしまう。実は、ダウン症候群の子が生まれると不幸だと思っている人たちが、ダウン症候群の人やその家族を不幸にしているのかもしれないのだけれども、それは面と向かってはなかなか言えないのです。

このスライドファイルの冒頭には、「赤ちゃんが健康に生まれてきてほしい、幸せになってほしい・・・それは誰もが願うことです。でも『健康』『幸せ』とは何なのでしょうか?さまざまな症状をもちながら、自分らしく生きる人々はたくさんいます。病気という視点だけで子どものことをとらえることはあまり好ましいこととは言えません。また、病気の有無やその程度、子ども自身やその家族の幸、不幸は本質的には関連がないことです。」と書いています。私たちが言いたいのは、本当はこれだけなのです。

中編「NIPT時代に苦悩する母親たち」はこちらから

後編「遺伝カウンセリングは「免罪符」ではない」はこちらから

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