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オピニオン 2016.08.23

【中編】NIPT時代に苦悩する母親たち

Profile
聖路加国際病院 遺伝診療部 部長/女性総合診療部 医長
山中 美智子 先生

1984年山形大学医学部卒業。1986年に横浜市立大学医学部附属病院産婦人科に入局し、1993年より神奈川県立こども医療センター産婦人科。1996年から2年間にわたり米国ボストン大学人類遺伝学センターDNA研究室にリサーチフェローとして留学。2008年に大阪府立大学看護学部看護学研究科の教授に着任し、2010年より現職。

(本記事は2015年7月にm3.comに掲載された記事を転記したものです)

「NIPT後の中絶97%」報道への疑問

実際にNIPTの希望者はどのくらい検査を受け、その結果はどうなのでしょうか。

出生前検査の遺伝カウンセリングに来た約半数の人がNIPTを選択しています。18%の人は、何も検査を受けない選択をしています。NIPT検査の対象者に限ると65%の人がNIPTを選択しました。結果に関しては、NIPT を179例実施した段階では陽性が2例(偽陽性1例、染色体異常1例)でした。

染色体異常が見つかった後の判断というのは。

出生前検査を受けて、さらに侵襲的な検査まで受ける人は結果によっては中絶を念頭に置いて検査を受けているのです。コンソーシアムのデータが出たときに、赤ちゃんの染色体異常が確定した人の97%が中絶を選択したとマスコミが騒いでいましたけれども、それは当り前だと思います。ただし、そうは言っても変わる人はいます。染色体異常が分かったけれども妊娠継続を選ぶ人もいます。

報道された数字の残りの3%は継続を選んだということでしょうか。

おそらく、3%の全員が継続を選んだわけじゃないですね。流産などの方も含まれているのではないでしょうか。実際には、あの時点で継続を選んだ人はいなかったのではないかと思います。

「こんな検査、なかったほうがよかったのに」

出生前検査の希望者への対応として、一番気を付けていることは何でしょう。

正しい情報に基づいて、本当にご自身で判断できることです。よく、「どうしたらいいのでしょう」と言われますけれども、私たちのスタンスは、どちらを選んでも、どちらもサポートしますよということ。検査しなくても、検査をして中絶を選んでも、継続しても、「あなたの選択肢」はサポートします。

家族などから干渉を受けて本人の選択が妨げられる場合もありそうです。

ご自身はあまり受ける気がないのに、ご主人や親の希望で、という方たちはいらっしゃいます。でも「親に言われて受けるなら、やめなさいよ」とは言えません。親に言われて断れないというのも、彼女の家族関係の中での選択ですので。でもご本人による最終的な選択に至るまでの過程をサポートはするようにしています。

本当にいろいろな方がいらっしゃいます。「四の五の言わないで早く検査をやってよ」という方や、「受けて当然なのだからカウンセリングなんか要らない」という方もいらっしゃいます。もちろんそれでも、検査に至る一連の流れには乗ってもらいます。

いろいろな方がいる中で、印象に残っている例は。

NIPTが始まってから、何だか検査に追い立てられているようにしか見えない方がいらっしゃいます。ようやく長い不妊治療を乗り越えて、妊娠してよかった、じゃなくて、次はNIPTを受けて大丈夫だったら超音波の精密検査をやってもらって…。そういう風にしないと安心できない。「何がそんなにご心配ですか」と聞くと、「何もかもが心配なんです」とおっしゃる。本来だったら赤ちゃんがやってきて、幸せな時間のはずなのに。

一方、検査を受けようと思って相談に来たけれど、説明を受けて「何だ、赤ちゃんの生まれつきの病気の一部しか分からないのか」と考え直して「もし赤ちゃんに病気があったって、わたし達の子なんだから」などといっさいの検査を受けるのをやめられる方もいらっしゃいます。実際に、赤ちゃんに染色体異常があって生まれて来た方もあります。でも、検査を受けなかったことを後悔されることなく、とても可愛がって育てていらっしゃいます。

生まれた赤ちゃんに病気があったからといって「この子、病気だからいらない」という親はめったにいません。やはり、かわいくて、愛しい。なのに出生前の検査があることによって、選択肢ができる。しかも、胎児への侵襲がないままに母体血液で検査が可能となると、検査へのハードルが下がる…でも多分、みんな苦しいのですね。「こんな検査、なかったほうがよかったのに」と言われる方もいらっしゃるのです。

気持ちに寄り添う人がいることを伝える

人の体は自分の意思でコントロールできるものだという勘違いが蔓延している。

こういう検査があると、みんな、赤ちゃんのことが何でも分かると思っていらっしゃる。最近、子どもは「授かる」のではなくて、不妊治療で「作る」と言いますね。作った子どもを品質管理するみたいな感じ。一部のお母さんは本当に追い立てられているようで、いつになったら赤ちゃんと安心して向き合えるのかなと、見ていて痛々しいです。

たとえ検査が陰性であっても、やはり、いろいろな病気を持った赤ちゃんが生まれてくるわけです。そうすると、事前に「検査が陰性=赤ちゃんが健康で生まれてくる」ということではないと説明したにもかかわらず、「遺伝子検査までしたのに、何でこんな病気の子が生まれて来たんだろう」と言われることは少なくないのです。これは、お子さんを否定しているわけではなく、ただ、病気という部分がつらいので、こんな風に言ってしまうのです。

そういう風に言われた場合は、どう対応するのですか。

新生児科や小児科の医師も一緒に入ってもらって、もう一回、事実を説明しています。「このお子さんはこういうことで、この病気ですね」と。だから、遺伝カウンセリングは、検査を受けるかどうかで終わるものではありません。検査の陽性例はもちろん、陰性だったお母さんたちのフォローアップも必要です。さらに言うと出生前検査を受けていない人も、病気を持つ赤ちゃんが生まれたときはもう一回この場に来てもらって、小児科の先生と一緒に説明をする場というのが大事かなと思います。

お子さんの病気をすぐに受け入れられる方は多くはない。

そうです。すぐには受け入れられなくていい。でも、病気の原因について「実際はこうなのです」という説明があるのとないのとでは違うと思うのです。そもそも、受け入れるということがどういうことなのだろうと考えていくと、深い問題で、そんなに簡単に言えることではないです。でも、そのお母さんたちに、そういう場を提供して、「私たちもちゃんと一緒に見ているよ」というメッセージは発したいと思います。

前編「病気の有無で『幸せ』は決まらない」はこちらから

後編「遺伝カウンセリングは「免罪符」ではない」はこちらから

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