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オピニオン 2016.02.15

【前編】神奈川が変える医療のカタチ

Profile
神奈川県知事
黒岩 祐治 氏

1954年、兵庫県神戸市に生まれる。1980年に早稲田大学政経学部を卒業し、(株)フジテレビジョン入社。「FNNスーパータイム」や「報道2001」のキャスターなどを務める。自ら手がけた救急医療キャンペーン(1989~1991年)が救急救命士の誕生に結びつき、第16回放送文化基金賞、平成2年度民間放送連盟賞を受賞。2009年に国際医療福祉大学大学院教授に就任。2011年より現職。

G­-TAC株式会社が提供する検査サービスが神奈川県の「未病市場創出促進事業」に採択され、2015年11月から2016年1月末まで、神奈川県のG­-TACパートナー施設にてゲノム検査を提供しました。

今回は、この「未病の状態を改善する」ムーブメントの先頭に立ち指揮を振るわれている黒岩神奈川県知事へのインタビューを紹介します。

(本記事は2015年8月にm3.comに掲載された記事を転記、一部内容を変更したものです)

超高齢社会に未病で挑む

知事が提唱されている「ヘルスケアニューフロンティア構想」の背景と概略を教えてください。

現在、圧倒的な勢いで超高齢社会が進んでおり、特に神奈川県では激しいです。1970年における神奈川県の人口構成はまさにピラミッドの形で、85歳以上はほとんどいらっしゃらなかったのですが、2050年になると全く逆になり、一番多い年齢層が85歳以上という劇的な変化が起こると推定されています(図1)。これを見た瞬間、「これまでのシステムでは絶対通用しない」と分かります。「高齢になれば病気になり、介護が必要になる」という状態のままでは、とても支えられない。医療の在り方そのものが根本的に変わらなければ維持できません。そういう差し迫った危機感で我々は動いているのです。

この超高齢社会という課題を乗り越えるために、我々は「ヘルスケアニューフロンティア構想」を掲げています。これは「最先端の医療・技術を追及するアプローチ」と「未病を治すアプローチを融合させて健康寿命を延ばす」という取り組みです。前者は、IPS細胞といった再生医療、ロボット技術、ゲノム情報の解析、医療の高度な情報化といった最先端の医療・技術を育てること。後者は、「病気になってから治すのでは間に合わないので、未病から治していく」という考え方で、食事・運動習慣、社会参加などが重要です。この両方のアプローチを融合させながら健康寿命を延ばしていく、このプロセスそのものが新たな産業、すなわち最先端医療関連産業や健康・未病産業の創出につながります。これが、まさに経済の成長戦略になるだろうと考えています。

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図1:神奈川県の人口ピラミッド(1970年の実績と2050年の推計)

「未病を治す」とは、どのようなことでしょうか。

図2を見てください。従来の医療というのは、図の左側のように「健康」と「病気」を二項対立で捉えた「白赤モデル」で行われてきました。今まで、病気、すなわち赤いところを掘り下げて、原因を突き止めて叩き潰すことにこだわってきた。でも、人間の実感としては、完全な健康と完全な病気があるわけじゃなくて、何となく今日は具合が悪いなとか、調子が良いなといった、連続性のある中で変化している。すなわち、図の右側のように、白(健康)からだんだん赤(病気)になっていくわけですね。このグラデーションの部分を我々は「未病」と呼んでいます。「未病を治す」というのは、グラデーションのどこにいたとしても、少しでも白いほうにもってこようとする試みです。

この話をすると「予防じゃないですか」とよく言われますが、「予防」と「未病を治す」というのは異なる概念です。予防というのは「白赤モデル」において「赤いほうに来るな」という考え方です。だから病気になった人に予防という概念は当てはまりません。でも、グラデーションで捉える「未病モデル」であれば、病気になった人でも、未病を治すという考え方は有効なんです。

この未病の考え方を、最先端の医療や技術と融合させ、データ化していくのがポイントです。未病の状態をデータで明らかにしていきたいと考えています。

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図2:「白赤モデル」と「未病モデル」

神奈川が先導する新たな医学

未病の状態をデータ化するのは難しそうな印象があります。

今まさに、びっくりするような様々な診断の技術や機器が開発され、日常的な生活のデータを簡単に取ることができるようになっています。我々は未病産業を創出するために「ME-BYO BRAND(未病ブランド)」の認定を始めました(図3)。

この第1号に選ばれたのは、PST株式会社の「MIMOSYS(ミモシス)」です。これはスマートフォン用のアプリで、声を分析することによって心のストレスの状態が分かるという技術です。声というのは嘘をつけないそうなのです。元気そうに喋っていても、本当は落ち込んでいるとか。悲しそうに喋っているけど、実は楽しんでいるとか、本心が反映される。このMIMOSYSをスマホにダウンロードして話しかけると、心の元気度がぱっと出てきます。いわば「心の体温計」です。継続して使っていると、ある時間軸の中でこんな精神状態だというのが見えてくる。そうすれば、心の未病の状態が早く察知できる。

要するに、未病と一言で言っても、人間の体内には色々な座標軸がある。心の未病もあるし、消化器系の未病もあるし、呼吸器系の未病もある。色々な未病があって、それが相互に連関しているのです。例えば、心が落ち込むことによって食べられなくなってきたり、胃腸の調子が悪くなってくる。逆に胃腸の調子が悪いから心の状態も悪くなってくる。このような連関性が実感としてありますね。このようなことを、日常生活をデータ化するような技術・機器によってどんどん明らかにしていこうとしています。

今、面白い研究がたくさん行われています。例えばTOTO株式会社は、尿の量や出方をセンサーで察知し、データ化してすぐ送るようなトイレを開発しています。さらにTOTOはガス分析をしてがんの状態を知ることができる次世代モデルも開発中です。がんで言えば、味の素株式会社では、ほんのわずかな血液でがんのリスクが分かる「アミノインデックス」の研究も行われています。

つまり、日常の生活を過ごしているだけで未病状態が見えてくる。それを見ながら、病気にならないよう自分でコントロールする。高齢者であってもです。自分で未病の状態を日常的にチェックし、それを少しでも改善していく。こうして、病気になる人を減らそうとしているのです。

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図3:ME-BYO BRAND認定ロゴ

ME-BYO BRANDの認定以外にも未病関係で何か取り組まれていることはありますか?

未病コンセプトを県民運動にしていくために、色々な形でやっています。県内のみならず、世界中に発信するため、「ME-BYO(未病)」で商標登録も取りました。

取り組みの一つは、「未病産業研究会」という未病産業の創出のための会です。すでにある医療産業は非常に規制が厳しく、健康産業は何かぼわっとしています。そんな中、新たな分野である「未病産業」に可能性を感じていただける企業が多く、現時点で188社(取材当時)が参加してくださっています。我々が言う「ヘルスケアニューフロンティア」とは、新しい産業のステージが開けていることを意味しています。分かりやすい例では、富士フイルムという会社があります。ついこの間まではフィルムの会社でしたが、それが今や、ライフサイエンスの最先端企業です。自分たちが持っているカラー写真の技術を応用することによって、化粧品やバイオサイエンスに参入した。このように、全然違う分野に入っていくということに可能性を感じてくださっている会社が188社もあるということです。民間の力によって、産業化しながらどんどん普及させていくことは、非常に大事なことです。

県民や消費者へのアプローチに関してはどうでしょうか。

まず、「未病センター」を作りました。生活の場で色々な相談に乗ってもらえるセンターです。この間、小田原にあるカーブスというスポーツクラブを未病センター第1号に認定しました。カジュアルに行って、気軽に相談し、チェックしてもらってアドバイスを受けられます。

それから「未病協力店」。例えば、糖尿病の人はこういうものを食べたらいいですよとか、この土地でこんなものが採れ、こんな料理になりましたよとか(地産地消)、未病のコンセプトでレストラン自体が変わってきます。色々な形で協力いただけるところが、今どんどん出てきています。さらに、「未病いやしの里センター」という、行けば未病の全てが分かる未病の総合センターも作ろうとしています。

それと、県西部の小田原、箱根辺りは「未病の戦略エリア」と位置付けて重点的に進めています。県西部は、大自然も豊かだし、農作物も豊かだし、山も海もあれば、温泉もある。未病を治すというコンセプトからすれば条件が揃っているからです。例えば、温泉に入ることも未病を治すための大きな要素になるわけです。ただ単に温泉に入るだけではなくて、未病コンセプトに合わせた形での温泉の入り方を示せれば、未病を治す温浴施設として生まれ変わり、それが、また観光資源にもなっていくのです。

県西部には他県からも観光客が多くいらっしゃいますね。

「未病と言えば神奈川」という感じにしたいです。この秋には箱根で「未病サミット」を行います。この国際会議には、ゲノム情報の解析者や、ビッグデータやICT(Information and Communication Technology)専門家、ロボット技術の専門家に加え、メディカルドクターも参加します。このような人たちが未病コンセプトに大変な関心を持っているわけです。人間の体を総体的に捉え、色々な未病の状態が、どう引き合ってどう作用するのかということをトータルで分析していく新しい学問を、我々は「トータルボディダイナミクス」と呼んでいます。未病を治すということを、メディカルドクターと一緒に科学的にやっていくことが、まさに新しい医学が始まるのではないかと、そんな期待感を持っています。

医学教育や研究にも影響してきそうです。

我々の特区構想には、そういった新しい医学の世界を切り開いていく研究養成機関「メディカルイノベーションスクール」設立もあり、準備を始めているところです。医師が未病の発想を学んでパブリックヘルスの専門家になるコースもあるだろうし、一から教育して専門家を育てるコースもありえます。様々な道を用意し、融合していきたいと思います。

後編「病院に医師は必要ない?」はこちらから

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