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オピニオン 2016.03.01

【後編】病院に医師は必要ない?

Profile
神奈川県知事
黒岩 祐治 氏

1954年、兵庫県神戸市に生まれる。1980年に早稲田大学政経学部を卒業し、(株)フジテレビジョン入社。「FNNスーパータイム」や「報道2001」のキャスターなどを務める。自ら手がけた救急医療キャンペーン(1989~1991年)が救急救命士の誕生に結びつき、第16回放送文化基金賞、平成2年度民間放送連盟賞を受賞。2009年に国際医療福祉大学大学院教授に就任。2011年より現職。

G­-TAC株式会社が提供する検査サービスが神奈川県の「未病市場創出促進事業」に採択され、2015年11月から2016年1月末まで、神奈川県のG­-TACパートナー施設にてゲノム検査を提供しました。

今回は、この「未病の状態を改善する」ムーブメントの先頭に立ち指揮を振るわれている黒岩神奈川県知事へのインタビューを紹介します。

(本記事は2015年8月にm3.comに掲載された記事を転記、一部内容を変更したものです)

遺伝学的検査も未病へのアプローチ

未病を治すコンセプトにおいて、ゲノム情報の活用もお考えでしょうか。

ゲノム情報などを未病と組み合わせていくと、色々なものが連関して見えてくると思います。実はついこの間、私も遺伝子の検査を受けてみたのです。結果を見ると、自分にいま起きていることと、遺伝子から予測される可能性というのがずいぶんズレていました。先天的に持っている遺伝子情報と、自分の体に起きていることが違うというのは、やはり、環境因子が非常に大きいのだなと思います。自分が元々持っている遺伝子はこっちになりがちということが分かった上で、日常のデータを取得・分析して、そっちにいかないように気を付けるという活用法が非常に有効なのではないでしょうか。

検査の結果とご自身の実感が異なるとのことですが、具体的には?

何とかのがんになる確率は何%とか、色々出ていたのですが、そういう傾向は自分の中ではほとんどなかったですね。私は毎朝5km走ったり、日常的にかなり運動もしています。このような運動を通じて、結果的に先天的な遺伝子の悪い傾向が出ないようにコントロールできているのかなと感じます。今は健康体ですし、MIMOSYSで心の元気度を測ったら、めちゃめちゃ元気でした。だから、問題ないかなと思っています。

昔から、関心を持って健康にいいライフスタイルを心がけている方はたくさんいらっしゃいますが、もともと遺伝子が持っているリスクを知った上で未病対策に取り組むのか、ただ単にやっているだけなのかでは違いが出てくるのではないでしょうか。自分の遺伝子のリスクなんて普通は分からないですよね。検査して体質を分かった上で、自分をコントロールしていくということは、まさに、未病を治すことを科学的にやっていくための一つのアプローチだと思います。

100万人の「カルテ+未病」ビッグデータ

個人の健康データを蓄積するという点では、「かながわマイカルテ」というのがあるようですね。

今後の鍵を握るのはデータであり、高度な医療の情報化です。そのときに、電子カルテは非常に重要な武器になってくると思います。電子カルテは病院だけじゃなくて、個人で持ち歩くという形にしていきたいと思っているのです。ただ、いきなりそれを実現するのはなかなかハードルが高かったので、まずはお薬手帳の電子化から始めました。お薬手帳をスマホなどに入れて持ち歩けるような形にして、実証実験もやってきました。これからはもう少しレベルを上げて、「マイ未病カルテ」の作成をこれから進めていこうと考えています。「マイ未病カルテ」は、色々な病院の電子カルテの情報に加え、日常的な生活の情報なども一緒に持ち歩くようなイメージです。2020年までには100万人ぐらいのスケール感があるデータにしていきたいです。

マイ未病カルテにゲノム情報を入れて持ち歩くということも考えられますか?

はい。ご自身の判断で検査をし、その結果を入れて持ち歩くということは当然あるでしょうね。

マイ未病カルテのデータを統合していくことによって、「こういう遺伝子の人はこういう傾向があるのではないか」という情報が医学に還元できるかもしれませんね。

それは、十分期待できますね。我々は今まで、下からだんだん広めていこうと思ってやっていたのですが、それだとなかなか広がりが出てこないので、考え方や発想を変えるようにしました。例えば、東日本大震災のように多くの人のデータが一瞬にして流されてしまうことだってあり得るわけです。そのときに、自分は一体何の薬を飲んでいたのか分からなくなるでしょうね。そういう危機管理的な意味を含めて、ビックデータが保存されていることが、ある種の安全・安心につながってくる。もちろん、データに関しては個人情報の問題や安全性などをきちんと管理した上で、大規模なデータを分析することによって、新たな知見がどんどん出てくるということはあり得ますね。

医療現場の頑張りは解決にならない?

神奈川県のヘルスケアニューフロンティア構想が、医学を変えていくのですね。

やはり、今までの医療は、まさに「白赤モデル」だったのです(図4)。病気になったら病院に行って薬をもらう、この当たり前のことを「未病モデル」に変えたなら、医療システムそのものが劇的にガラッと変わってくると思うのです。そうなると、医師とは何なのか。医師というのは病気を治すために体のことを勉強して、病気の原因というのは何だったのか突き止めて、それをどうすればいいのかという研究をずっと続けてきた上で現在の治療が行われているわけです。

未病を治すといった瞬間に、従来型の医師では間に合わなくなります。「未病モデル」では生活の現場、ライフスタイルを見ていかなければいけないわけです。病院の中で待っている医師の目に、生活の現場での在り方は届くのか。ここが根本的に違ってくるのでしょうね。

もともと医学教育は西洋医学、「白赤モデル」をベースにしています。一方、「未病モデル」は東洋医学の考えに近いのかなと思うのですけれども、教育も変わっていくということでしょうか。

未病の考え方には、東洋医学的な側面もあるとは思いますが、西洋医学的に言うとパブリックヘルスに近いものです。2年前に私がハーバード大学で講演したことがきっかけで、我々はハーバード大学公衆衛生大学院の先生とも協力して進めています。ここのイチロー・カワチ先生(ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学部長)が面白い表現をしていたんです。ある川が流れている。川におぼれた人が流されてくる。おぼれた人が流れてきたら、その人を救い上げて一生懸命、救命・蘇生措置をしている。そうしたら、また流れてきたので、また蘇生措置をした。そうしているうちに、どんどん流れてくるようになる。どんどん救い上げて、どんどん蘇生措置をやっているのが現在の医師だというわけです。

この問題で一番肝心なことは、なぜ、こんなにたくさんの人が川に流されてくるのかという大本を正していかないと、いくら現場でがんばったって解決にならないだろうということです。それがパブリックヘルスの考え方です。私がイチロー・カワチ先生に未病の話をしたら、「そのとおりだ」と言うんです。つまり、未病を治すというのはまさにパブリックヘルスが具現化したものなのです。

日本では、パブリックヘルスはまだ成熟していません。流れてきた人の病気を治すことが中心になり過ぎている。だから、パブリックヘルスを日本流の新たな学問としても体系づけていこうというのは、未病を治すというコンセプトと合致します。

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図4:「白赤モデル」と「未病モデル」

将来、病院に医師は必要でない?

最後に、医療現場にいらっしゃる医師へのメッセージをお願いします。

今後、人類が経験したことのないような超高齢社会に進んでいく中で、これまでの医療・医学の常識がどんどん変わってくると思います。ですから、医師の先生方は病院の中に閉じこもらずに、どんどん町に、生活の現場に出ていってほしいと思っています。「病気を治す医療」から「病気にならなくする医療」へと変わっていく中で、先生方の持たれている知見を大いに発揮してほしいのです。

極端な話、これから高度な情報化がもっと進めば、病院には医師が必要でなくなるかもしれない。つまり、日常的なデータが全部取れていて、具合が悪い時には自動問診システムと検査機器で検査ができる。遺伝子情報も持っていて、IBMのワトソン(Cognitive Computing System)みたいなコンピューターで解析すれば、そのデータだけでどの病気なのかは、かなり特定できるでしょう。そうすると、この病気に対してこの薬は何%の確率で効くから、あなたはどうしますかといって患者さん自身の判断を仰げば、極端に言えば、医者が要らないという未来だってあり得るということです。

じゃ、医師は本当に要らないのかと言われれば、やっぱり要るよと。そういう風に求められる医師像こそが次世代の医師の在り方だと思うのです。データ処理の結果だけやっている医師は要らないのです。では、どのような医師なら必要とされるのか。それは、最後にぐっと手を握ってくれて、「これでいきましょうよ」と痛みに寄り添ってくれる人が、実は求められている医師なのかもしれないです。それは、お坊さんでは駄目なわけです。「祈りましょう」というだけではなくて、医学的な経験や知識をしっかりと持った人に最後に手を握ってもらったときに、本当の安心感が届けられるのではないでしょうか。やはり、原点に戻ると「医は仁術」。命に向き合う、温かい心を持った医師が求められるのだと思います。ただのテクニシャンは全部技術に置き換えられてしまうと私は思っています。

だから、病院の中に閉じこもっているのではなくて、まずは生活の現場に行って、皆さんがどんな生活をしているのかということを知ることから、気構えができてくると思います。こういうマインドを持った医師がこれから求められてくるのではないでしょうか。

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(エムスリー「ゲノム・パーソナル医療」責任者)お話をお伺いしていると、黒岩知事が推進されている「未病コンセプト」と、エムスリーとして取り組んでいる「ゲノム・パーソナル医療」サービスには、多くの共通項があると感じました。例えば、個々の健康状態や病気のなり易さ・薬の効き易さ等を判別し、病気に罹患する前に対策を講じる先制医療の観点や、患者さんにおける日々の健康状態・家族歴・各種検査結果といった様々なデータを連続的に蓄積し、どの医師にいっても当該データを背景とした診療を行うことができる世界観を標榜している点など、目指す方向性は似ていますね。

そうですね、これは神奈川県として目指す方向性と合致していますね。一緒だ。是非前向きな連携を模索してきたいですね。

ありがとうございました。

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