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イノベーション 2016.10.19

オバマ大統領「米国はがんを治癒する国になる」

就任以来さまざまな改革に取り組んできたオバマ大統領。なかでもオバマケアとよばれる医療保険改革はよく知られている。2010年3月には改革法案を成立させ、事実上の国民皆保険に踏み切った。

しかし、その裏で、国をあげて「ゲノム医療」を推進していることや、その基盤づくりにも取り組んでいたことは、あまり知られていない。

オバマ大統領は上院議員時代から医学の発展に高い関心を示していた。2006年には「Genomics and Personalized Medicine Act」という法案を議会に提出している。この時すでに、これからはゲノム医療に目を向ける必要があることや、薬の効きやすさや病気のかかりやすさを調べるための「バイオバンク」の提案すらあった。残念ながら法案は成立しなかったが、ここにオバマ大統領の先見性を垣間見ることができる。

大統領に就任してすぐの2009年には、米国ヒトゲノム計画のリーダーであったフランシス・コリンズ氏を国立衛生研究所(NIH)の所長に任命し、ゲノム医療の布石としている。2012年には、ビッグデータ・イニシアチブ(Big Data Research and Development Initiative)を発表し、いちはやく情報通信技術(ICT)を活用したゲノム医療モデルを見据えていた。

2015年1月には「Precision Medicine」という新しい考え方を紹介し、世界に大きなインパクトを与えた。さらに、任期最後となる2016年1月の一般教書演説では、Precision Medicineの延長である「がん撲滅ミッション」(Cancer Moonshot)を発表した。かつての国家プロジェクトである月探査ロケットの打ち上げ(Moonshot)になぞらえたネーミングで、総括担当にはジョー・バイデン副大統領を任命している。

演説のなかで、オバマ大統領は「私たちが亡くした愛する人のために、そしてまだ救うことができる家族のために、米国はがんを治癒する国になる」と宣言している。いわば、ゲノム医療の推進を新たな「月面着陸」のゴールとして掲げたわけだ。

Sub 1

米国のPrecision Medicineとは何か?

では、この「Precision Medicine」とは何なのだろうか。一体どのような医療で、いかにして実現されるのだろうか。

一塩基多型(SNP)※1やゲノムワイド関連解析(GWAS)※2の研究が進んだことで、まれな病気へのかかりやすさや薬の効きやすさを決める遺伝子が見つかっている。もっと多くのゲノム情報を解析できれば、まれな病気だけでなく、一般的な病気と遺伝子との関係も明らかにできると期待されている。

※1 遺伝子の構成のうち1か所だけが違う状態。SNPのパターンで病気のかかりやすさ・薬の効きやすさが決まるといわれている。
※2 SNPを手掛かりに遺伝情報全体を解析できる手法。複数の遺伝子が原因となっておこる病気の予防や治療につながると期待される。

Precision Medicineでは、こういった遺伝子情報や、環境要因・ライフスタイルなども含めた情報をベースに、患者さんやその予備軍を「病気のかかりやすさ」で細かくサブグループに分け、それぞれのグループに適切な予防や治療を目指していく。まずは、すでに遺伝子と疾患の関係が明らかになっているがんや糖尿病、まれな病気をターゲットにするという。

ここで欠かせないのが「バイオバンク」だ。バイオバンクとは、過去の調査で集められた血液試料や遺伝子情報などを保管し、必要に応じて研究者が利用できるシステムであり、かねてよりオバマ大統領が設立を目指していたものである。

Precision Medicine Initiativeでは、100万人以上のボランティアを募り、電子カルテや、生活環境や生活習慣、行動データなど、さまざまな情報を集め、プライバシーも入念に保護した上で、研究者がひろくアクセスできるコホート(集団)をつくる。これに、ゲノム情報を組み合わせて、全米規模の大規模バイオバンクを作り上げようとしているのだ。

100万人分ものデータを集めるには、全米のどこからでも、誰もが簡単に参加できるような仕組みが必要だ。

NIHは手始めに、2016年内に79,000人規模でパイロット調査をおこない(PMIコホートプログラム)、希望者をコホートに登録する方法や、長期的に継続して参加してもらうための最良の方法をさぐる予定だ。これらを踏まえて、2019年までに最終目標である100万人規模のデータを集めるとしている。

医療データなどの各種情報の収集には「Sync for Science」というアプリを活用する。参加者は、病院施設を介さなくても、自身のデータを直接データセンターに送ればよい。検査結果などもアプリで確認できる。

また、研究者をサポートする仕組みとしては、オンラインポータル「PrecisionFDA challenge」がオープンした。「NA12878」というすでに実績のある共通のサンプルを基準にして、それぞれの研究者がおこなったゲノム解析の精度を確認するとともに、解析の精度をさらに高めることを目指している。

Precision Medicine Initiativeには、本サイトで紹介した(URL:https://g-tac.me/topics/mayo-vol1)メイヨークリニックをはじめとする多くの病院や企業が参画している。オバマ大統領は「向こう10年のうちに、米国は、医療を根本から変えてしまうだろう」と見通しを語っている。

Sub 2

米国だけではない?英国、中国、ヨーロッパ、そして日本でも進むゲノム医療研究

国レベルでゲノム医療の推進に取り組むのは、米国だけではない。

英国ではすでに50万人規模の血液や遺伝子情報を集めることに成功している(2003~2011年、UK Bio Bank(URL:http://www.ukbiobank.ac.uk/))。さらに、2013年にはGenomics England(URL:http://www.genomicsengland.co.uk/)が立ち上げられ、「10万人ゲノム計画」(100,000 Genomes Project)が始まっている。このプロジェクトでは、2017年までに、がん患者さんや、希少疾患を持つ患者さんとその家族のゲノム配列の解読を目指している。

中国では、UK Bio Bankに参加した研究者が、同様の手法で50万人規模のバイオバンクを作り上げた(2004~2008年、China Kadoorie Biobank(URL:http://www.ckbiobank.org/site/))。

ヨーロッパでは、世界初となる3世代にわたるコホート調査と、バイオバンクへの登録がおこなわれている。これには、オランダ北部の州に住む16万5000人超のボランティアが参加している(LifeLines Biobank(URL:https://www.lifelines.nl/lifelines-research/general))。

日本も負けてはいない。「東北メディカル・メガバンク事業(URL:http://www.megabank.tohoku.ac.jp/)」では、協力者の生体試料や健診情報、さらにはゲノム情報を、バイオバンクに統合し、高度なセキュリティの下で管理し、解析をおこなう。病気の治療だけではなく、生活習慣や環境がどのように病気と関連するかを調べ、予防にもつなげることを目指している。また、長期の健康調査として3世代コホート調査も予定されている。

Sub 3

製薬企業、スタートアップ、動き出すゲノム市場

ゲノム医療への取り組みは、各国で着々と進んでいる。国家規模のプロジェクトのほかにも、製薬企業や、民間の動きも活発だ。

2012年には世界初となる遺伝子治療薬が誕生した。オランダuniQure(URL:http://www.uniqure.com/)社が開発した「グリベラ」(Glybera)という、リポタンパクリパーゼ(LPL)欠損症の治療薬である。中国を除く先進国で販売されている。つづいて、英国GlaxoSmithKline(URL:http://www.gsk.com/)社が、きわめてまれな免疫不全症(ADA-SCID)の遺伝子治療薬を開発し、2016年には欧州で販売される予定だ。

国内では、田辺三菱製薬(URL:http://www.mt-pharma.co.jp/)とアンジェスMG(https://www.anges-mg.com/)が提携し、2017年までに日本初となる遺伝子治療薬「ベペルミノゲンペルプラスミド」の発売を目指している。重い糖尿病の患者さんに多くみられる重症虚血肢に効くとされる、肝実質細胞増殖因子(HGF)遺伝子治療薬である。

ほかにも、23andMe(URL:https://www.23andme.com/en-int/)社など、個人が病気のリスクを知ることができるサービスも始まっている。現在、米国では一部が禁止されているが、英国や日本では利用することができる。

こうした研究が積み重なり、ゲノム医療がより身近なものになる日は、もうすぐそこかもしれない。

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